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グーグルに“有利”なオンライン広告取引は、株式市場のように規制されるべきなのか? - WIRED.jp

証券取引所のにぎやかなフロアで、スーツ姿の男性が注文を叫ぶ──。そんな時代は過去のものとなり、いまやサーヴァーマシンが所狭しと並ぶ窓のない部屋にとって代わられた。それでも株式市場は、なおも活況を呈している。

米国では13の証券取引所が毎日約5,000万件の取引を手がけている。だが、それらとは別に、1日あたり何百億件もの取引を処理するデジタル市場が存在する。この市場は「オンライン広告市場」と呼ばれ、その複雑さたるやナスダックが単純明快に思えてしまうほどである。

広告業界を“市場”と呼ぶことには、違和感を感じるかもしれない。だが、それこそが本質なのだ。「パブリッシャー」が広告枠を販売し、広告主がそれを購入する。これらの取引はいわゆる「アドエクスチェンジ(広告取引市場)」でおこなわれ、関連する企業のなかでもThe Trade Deskは最大級の規模を誇る。

利用者がウェブページをロードするたびに、広告主はページ内の広告枠を落札すべく、リアルタイム入札と呼ばれる自動化されたプロセスに参加する。毎日世界中で何十億人ものインターネットユーザーが、さまざまなページやアプリを画面上に大量にロードし、そのたびに同じプロセスが繰り返されている。

こうして見れば、広告市場のスケールを実感できるだろう。独占禁止法について研究する学者のディーナ・スリニヴァサンは、発表予定の論文で、オンライン広告について次のように述べている。

「オンライン広告業界は、おそらくあらゆる電子取引市場のなかで最も洗練された市場である。しかしほかの市場とは異なり、その規模と複雑さにもかかわらず、オンライン広告はまったくと言っていいほど規制されていない」

規制が存在しない市場

デジタル広告関連企業の元幹部であるスリニヴァサンは昨年、「The Antitrust Case Against Facebook(フェイスブックに対する反トラスト訴訟)」という論文で注目され、製品を無料で提供するフェイスブックの市場独占が、いかにユーザーにとって害になりうるのかについて斬新な理論を提示した。

そしていま、スリニヴァサンはグーグルに対しても同様の問題を提起しようとしている。具体的には、同社の収益の大部分を占め、肥大化が続く“広告帝国”がテーマとなる。

学術誌『Stanford Technology Law Review』に掲載予定の新しい論文で、スリニヴァサンはデジタル広告市場の内部の仕組みについて深く洞察している。驚くほど複雑な内容の論文だが、大まかな主張は明快だ。

オンラインで表示される広告は、ウェブサイトが広告枠を売りに出し、広告主がそれを買い取るという構図である。しかし、その売買には非常に高い確率でグーグルが利用され、両者のマッチングもグーグルの取引所で実施されることがほとんどだ。

言い換えれば、グーグルは最大規模の取引所を運営すると同時に、その取引所で最大の買い手兼売り手として競争に参加しているのである。同社はその上、広告在庫の最大の供給元のひとつであるYouTubeを所有している。つまり、自らのプラットフォームでほかのパブリッシャーと競合しているわけだ。ところが、これらの行為を規制する法律は存在しない。

デジタル広告にも規制を適用せよ

このような規制の“空白”により、グーグルが経済のほかの分野では禁止されている行為をおこない、業界を支配することが可能になっているというのがスリニヴァサンの主張だ。「電子取引を実施する株式市場の場合、取引所はトレーダーにデータへの公正なアクセスとスピードを提供する義務を負います。わたしたちは仲介における利害対立を発見して管理し、また市場の監視を可能にするために、取引の開示を求めています」

この観点からすれば、彼女の提案にはごく自然に行きつく。規制に関する原則をデジタル広告にも適用するのである。

スリニヴァサンが証券市場と広告市場の類似性に初めて気づいたのは、2014年のことだった。当時、マイケル・ルイスが『フラッシュ・ボーイズ』を出版し、高頻度取引で生み出される大規模な悪事や、デジタル証券市場における最新のトリックを明るみにしたことで、相次ぐ調査や罰金、規制措置に拍車がかかっていた。そのころスリニヴァサンは、自分の業界でも同様の問題が発生する様子を目の当たりにしていた。

「『フラッシュ・ボーイズ』が出たときは滑稽に思いました。幹部たちもこの本を回し読みしていました」と、彼女は語る。「わたしたちの業界にも広告取引所の間で仲介する事業者がいるぞと、笑いの種になっていました。事情が似ていておかしく思ったのです」

ミリ秒単位の素早い取引のために

スリニヴァサンは論文の研究を過去1年にわたって続けるなかで、思っていた以上にその類似性が大きく、ときには不気味なほど似通っていることに気づいた。ルイスの本は、コンピューターを可能な限り証券取引所のサーヴァーに物理的に近づけることで、取引時間をマイクロ秒単位で短縮し、優位に立とうとする高頻度トレーダーについて説明している。

スリニヴァサンは、アドテクノロジーの世界における同様の逸話を紹介している。グーグルとは別の大手アドテクノロジー企業であるOpenXは昨年、取引所をGoogle Cloudに移行するために、1億1,000万ドル規模の5年間契約を発表している。OpenXは、グーグルのサーヴァーを利用すればスピード面での優位性が得られることを公言していた。

「スピード、効率、そして需要側であるグーグルやパブリッシャーとの距離の近さ。これらの条件を満たす場所で運営しなければなりません」と、ある幹部は語る。これは高速トレーダーの戦術をほぼそのまま引き写したものだ。

両者の違いは、「金融市場では誰もが平等なスピードでアクセスできるように、サーヴァーのコロケーション(共同設置)に関する慣行が厳しく規制されている点」であると、スリニバサンは指摘する。しかし、広告市場にはこのような規制が敷かれていない。

グーグルに有利な構造

オークションはミリ秒の素早さで発生するので、オンライン広告ではスピードが非常に重要になる。広告枠を購入するプラットフォームは、入札に時間がかかってしまうと、取引所によってオークションから完全に締め出されてしまうことがあるのだ。

このことは、広告取引所とインフラを共有するプラットフォーム、すなわちグーグルに対して有利に働く。グーグルは、この事実を“宣伝”している。

「『Google 広告』と『ディスプレイ&ビデオ 360』は、Ad Exchangeと同じデータセンターのサーヴァーで動作しているため、Ad Exchangeからの入札要求に対しては、ほかの取引所からの場合より迅速に応答することができます」と、Googleのヘルプページには記載されている。「『Google 広告』と『ディスプレイ&ビデオ 360』のいずれも、Ad Exchangeに対してネットワーク遅延やタイムアウトの問題は発生しません」

一方で、購入側のプラットフォームが取引所と異なる場合、ネットワーク遅延の問題で「最大25%の入札要求に対し、買い手の入札が失敗する可能性があります」としている。

不公平なアドヴァンテージの存在

スリニヴァサンの論文はまた、情報への不平等なアクセスを利用し、グーグルがいかに利益を得ているかについても説明している。現代のデジタル広告はユーザーに対し、可能な限り正確なターゲティングをすることを本質とする。

グーグルの広告サーヴァー「Google マーケティング プラットフォーム」を利用するウェブサイトをユーザーが訪れると、同社の取引所は広告枠購入プラットフォームに対し、ユーザーの識別情報を「ハッシュ化」した値を送信する。個人を特定できないようにするための措置で、この値はプラットフォームごとに異なる。

これらの買い手は適切なユーザーをターゲティングするために、自らが保有するユーザーの識別情報とこの値を照合する。このプロセスは「Cookieシンク」と呼ばれる。スリニヴァサンは、このプロセスが「本質的に非効率」であると指摘する。一定の確率でプラットフォームは、ユーザーの照合に失敗するのだ。

彼女によると、そのような場合に広告主は支払額を引き下げるか、あるいはまったく支払おうとしなくなるのだという。適切なオーディエンスに到達することが保証されなくなることが理由だ。

グーグルがこうした問題を抱えていないのは、自社の取引所と広告枠購入プラットフォームにIDを公開しているからだ。つまり、ふたつのプラットフォームにとって、ユーザーが誰であるのかは自ずとわかるようになっている。

グーグルはユーザーのプライヴァシーを保護するために、自社のプラットフォームでのみIDを共有していると主張している。しかし結果としてIDの利便性は、適切なユーザーを確実にターゲティングしたい人にとって、グーグルを利用して広告枠を購入するもうひとつの動機となっている。そしてそのことが同社のプラットフォームにとって、目につきにくい不公平なアドヴァンテージとなっているのだ。同社はこの利点についても宣伝している。

グーグルは「規制は不要」と言うが…

これについては証券法も問題の一端を担っている。しかし同法は、スリニヴァサンの論文が広告市場について述べるような情報とスピードの甚だしい不均衡について、大まかな規制を定めている。それにしても、規制の“空白”が存在するデジタル広告業界と金融市場の世界との差は歴然だ。

「非常に高度な規制が敷かれた仕組みとなっています」 と、ウィリアム・アンド・メアリー・ロースクールで証券法を専門とする教授のケヴィン・ヘバーレは語る。金融市場の場合、証券取引委員会に登録されたブローカーしか取引はできない。

「試験を受けて登録した上で、定められた方法で監督を受ける必要があります。また、取引の支払いが確実できるよう、さまざまな保険に加入しなければなりません。この規制体制は非常に複雑で、わたしたちの社会にとって重要な市場を運営する取引所の規制にも適用されます。広告市場にはこうした規制が欠けているのです」

それのどこか問題なのだろうか? 最も広い範囲で見ると、ひとつの企業が市場の運営と参加に同時に加わった場合や、他社が同じ条件で市場参入できるようにすることを義務づける規則が存在しなかった場合に、その企業がほかの買い手や売り手を踏み台にして富を得ることに歯止めが利かなくなる問題がある。

デジタル広告においては、グーグルが広告主への料金を釣り上げたり、パブリッシャーが受け取る報酬を引き下げたりすることが可能になるといった問題がある。グーグルは当然、このような見方に異を唱えている。

グーグルによると、広告ツールは広告主とパブリッシャーの双方にとってメリットであり、規制は必要ないのだという。スリニヴァサンにとってこのような主張を受け入れることは、JPモルガンにニューヨーク証券取引所の運営を任せるようなものだろう。

「重大な利益相反行為」をなくすために

スリニヴァサンが特に懸念を抱くのは、収益をデジタル広告に依存しているパブリッシャーだ。「俯瞰的に見ると、わたしたちは民主主義社会で暮らしており、ニュースメディアの経済が健全で安定したものであることを望んでいます」と、彼女は語る。

「経済の一部門としてニュース事業が正しく機能することが、わたしたちの望みなのです。このことから、ニュース事業への起業家の参入を促すために、市場が中間業者のために不正に操作されることがないようにする必要があります」。なお、彼女は論文で、「グーグルと利害が対立するニュース発行者などに対し、反トラスト事案に関する助言とコンサルティングをしている」ことを明かしている。

彼女の主張は反響を呼んでいるようだ。7月に下院反トラスト小委員会で開かれたテック系CEOの公聴会で、ワシントン州選出の民主党下院議員プラミラ・ジャヤパールは、グーグルのスンダー・ピチャイCEOに対する質問のなかで、スリニヴァサンの論文をそのまま引用し、次のように問いただしている。

「グーグルがこれらすべての企業を支配していることが問題なのです。つまり、グーグルは市場を運営すると同時に、買い手としても振る舞い、売り手としても活動しています。これは重大な利益相反行為です。これによってグーグルは、買い手としては新聞社の広告枠を買い叩いて広告収入を奪いつつ、自社のプラットフォームの広告に大きく依存する中小企業に対しては割高で売りつけることが可能になります。こう言うと、株式市場の話に聞こえてきますね。ただし広告取引市場は、規制が存在しないという点で株式市場とは異なるのです」

公聴会後のインタヴューでジャヤパールは、このような規制のギャップに対処できる法律の策定を検討していると語っている。彼女によると、どのような規制にも共通する基本的な原則は、単純明快なものであるという。

「市場を支配し、買い手兼売り手として活動する行為を禁止することが、最もシンプルな手立てだと思います。この二者は別々でなければなりません。そして購入と販売の両方をおこなう場合は、インサイダー取引の規則で規制するのです」

彼女は広告市場について、次のように付け加えている。「規制がなされていない市場ではありますが、対処は比較的簡単だと思いますよ」

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